関岡英之さんからの返信メールの一部(抜粋)その1
Post by 喜八
作家・関岡英之さんからいただいた返信メールの内容が非常に興味深かったので、関岡さんにお願いして、こちらに転載させていただくことになりました。
「篠田節子さんの小説その他」について語っている部分です。
なお、これは私(喜八)の「関岡さんは長編小説を書く気はありませんか?」という問いかけに対する回答の一部です。
転載に当たって、関岡さんは元の文章に大幅に加筆訂正をされました。
関岡英之さん、ありがとうございます。
(★引用開始★)
長編小説なんてとてもとても・・・最近、篠田節子の『弥勒』と『ゴサインタン』を読んだのですが、あれはスゴいですね!
私 (関岡)は正直言って小説は最近滅多に読まないんですが、篠田節子の最新作に関する書評を読んで、篠田さんの作品系列の中に『弥勒』『ゴサインタン』『転生』という「チベット物」三部作というのがあることを初めて知り、最近読んでみたんです。
私はもともと宗教にすごく関心があるんです。それも神学的な面ではなく、古神道とか修験道といった原初的、土俗的な信仰や情念の世界です。私は銀行を辞めたあとしばらく、熊野三山とか出羽三山などの修験道の聖地を一人で廻っていた時期があります。デビュー作『なんじ自身のために泣け』も後半は宗教がテーマです。 あれを書いていたのは早稲田大学理工学部建築学科・石山研究室に在籍中ですが、当時私は、石山修武さんと交流の深い建築家、磯崎新さんの影響もあってバタイユとかエリアーデとかルドルフ・オットーなんかを読んでい たんです。
石山さんも修験道や山岳宗教に関心がある人です。鳥取にある三仏寺投入堂のスライドを建築論の講義でよく紹介していましたが、 あそこも修験道の行場だったところです。石山さんの無二の親友に 毎日新聞記者の佐藤健さん(故人)がいらして、その影響で石山さ んはチベット仏教にも関心があるようでした。佐藤健さんは1970年代末に高野山大学と共同でインドのラダック地方のチベット仏教のフィールドワークを実施し、その成果を1980年に当時池袋 にあった西武美術館で「マンダラ・出現と消滅展」という展覧会を 企画して発表したんです。(西武美術館はその後、セゾン美術館と改称しましたが、惜しいことに1999年「アルヴァ・アアルト展」を最後に閉館しました)。私は大学一年生のときに「マンダラ・出現と消滅展」を見に行って、佐藤健さんが司会をしたシンポジウムも聴き、それでチベット仏教に興味を持ち、大学三年のときついに現地ラダックまで行ってしまいました。それから18年後に石山研究室に入った私は、石山さんが設計した佐藤邸に連れて行か れ、佐藤健さんと偶然「再会」したわけです。こないだご紹介した、ごうどゆきお(神戸幸夫)『早大石山修武研究室・建築は終わらない』王国社(2001)に出てくる「すまい市」の開催場所となった千葉県市川の真間山弘法寺を紹介してくれたのは佐藤健さんなんです。そういう不思議な縁で、私の深層心理に沈潜していたチベット仏教への関心が再び呼び覚まされ、『なんじ自身のために泣け』という手記を書くことにつながっていったわけです。
私はチベット仏教についても中観とか唯識などといった難解な教義にはほとんど関心が無く、宗教と民族や社会といった面に興味があるんです。最近、篠田節子さんの小説を読んだのも、宗教と社会がテーマだと知ったからです。『転生』を最初に読みましたが、これはいくらなんでもちょっと遊び過ぎかな?
『ゴサインタン』は現代日本の物質社会を舞台に、宗教の「始源」を掘り起こすという奇跡のような作品ですね。よくぞこんな恐ろしい作品を構想し、破綻なく完成できるなと思わず唸ってしまいました。
『弥勒』はチベット文化圏を背景としていますが宗教がテーマではないですね。『ゴサインタン』ほどの衝撃は感じませんでしたが、三部作の中ではむしろ一番好きですね。『なんじ自身のために泣け』の前半のテーマは「ユートピア(無可有郷)」の破綻、だったんですが、ちょっと重なるものを感じました。
喜八さんもご指摘の通り、篠田節子の『ゴサインタン』と『弥勒』は、日本語で書かれた世界水準の文学だと思いますね。
(★引用終了★)
【関連エントリ】
・『奪われる日本』関岡英之
・関岡英之さんのファンになりました(凛)
・関岡英之さんを応援します
・関岡英之さん
・『「改革」にダマされるな!』から
・「平沼・関岡・城内」対談
・『奪われる日本』から
・関岡英之さんの動画
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7 Responses, Comment or Ping
■ Comment
愛知県民
関岡さんも熊野三山を歩いたのですね!僕も世界遺産に登録される前に、2月に一人で熊野を歩いた経験があります。熊野古道の中辺路の山中を2日間誰にも会わずに熊野大社まで歩きました。この道はその昔、後白河上皇や後鳥羽上皇、藤原定家らも何回も歩いたことがあります。歩くとわかるのですが、自然と無意識のうちに「禊」とは?「この世」と「あの世」とは?という問いと答えが自分の中に湧き起こりました。不思議な体験でした。・・・・・・・←というわけで熊野古道の中辺路は強力お勧めです^^(伊勢神宮参拝とはまた違った意味で素晴らしい場所です)・・・・・で、関岡さんも熊野三山を歩いたと聞き、なんだかうれしいです~。篠田さんの本、今度読んでみます(厚いと途中でギブアップするかもしれませんがw)
2009 / 04 / 7
喜八
愛知県民さん、こんばんは。
コメントをありがとうございます。
> 熊野古道の中辺路は強力お勧めです^^
そうですか!
恥ずかしながら、熊野古道はまったく歩いたことがないので、いずれ近いうちに訪れてみようと思います。
貴重な情報をありがとうございます。
> 篠田さんの本、今度読んでみます
関岡さんの手紙の後半部分ではまた別の作家の方が登場します。
こちらも関岡さんのファンなら「おぉ!」と仰け反るような内容だと思います。
「関岡英之さんの手紙(2)」は数日以内にアップロードする予定です。
どうぞ、ご期待ください~!
2009 / 04 / 7
凛
関岡さんの書かれたものを御著書以外で読むことができるなんて・・・。
喜んでます!
篠田節子先生の御本は7冊読んでいるのにこの三部作はどれも読んでいませんでした。
宗教は私には難しすぎるとの思いからその3部作は手を出さずにいました。
>篠田節子さんの小説を読んだのも、宗教と社会がテーマだと知ったからです。
宗教と社会がテーマなら私もなんとかついていけそうですし、関岡さんと喜八さんのお勧めなら私も読まねば。
それにしても関岡さんの抽斗は奥が深いですね。
1冊の本からこれだけの文章を書いてしまうなんて。
今日、youtubeの関岡さんと城内さんの対談を観ました。
「日本の指導者に破壊される日本の医療・安全・教育 1/3」です。
お二人ともかっこ良くて素敵で絵になりますね。
お二人にこれからの日本を引っ張っていって欲しいです。
関岡さんは言論(ペン)で、城内さんは国会の活動を通してです。
2009 / 04 / 8
喜八
凛さん、こんにちは。
> 関岡さんの抽斗は奥が深いですね。
まったく、その通りだと思います!
関岡さんは「豊饒」という表現がピッタリなくらい、多様な面をもたれている方だと思います。
上の記事の元になった返信メールをいただいたとき、「こういう関岡さんの『顔』を皆さまに見ていただきたい!」と強く感じました。
それでブシツケながらもメール文の転載をお願いしたわけなのです。
2009 / 04 / 8
あぶらふ
喜八さん、お手紙公開、ありがとうございます!
関岡さんのバックグラウンドが伺えて、貴重な文章ですね~。
しかし、あまりに内容が深いので、咀嚼するのにちょっと時間がかかりそうです…。
日本の戦後に関して、(日本でなくてもでしょうけれど)宗教の問題は避けては通れないものなのではないかと常々思っておりましたので、関岡さんがそういう方面に関して深い思索を行っていらっしゃると知り、なるほどと腑に落ちた思いがいたします。
篠田さんの著作は殆ど触れたことがありませんので、早速取り寄せて読んでみたいと思います。
私のこの頃の読書は非常に偏っていますので、これを機にもうちょっとまともな読書生活に戻らねばと思っている次第です。
それにしても、熊野古道はいいですよね~。
私も未踏の地ですが、昔から憧れています。
2009 / 04 / 8
喜八
あぶらふさん、こんばんは~。
このあいだ、関岡さんの特徴(のひとつ)に行動力がある、があります。
きわだった行動力です。
関岡さんは「実行の人」なんですね。
その点が城内さんと相通ずるところなのかもしれません。
私なんかは本当に行動力に欠けていますから、関岡さん・城内さんを少しは見習わなくてはいけない!と思います。
2009 / 04 / 8
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