右とか左とか
Post by 喜八
「右とか左とかくだらないイデオロギーで日本人同士が争うよりも、いかにして日本国民が幸せになるか考える時がそろそろ来たと思っております」
当ブログでも繰り返し紹介してきた城内実さんの言葉です。
これは「理想の表明」などではなくて、リアリズムの言葉だと私(喜八)は思っています。
そもそも、城内実さんは「リアリズムに基づいた理想家」とでも形容すべき人なのですね。
「万民幸福」の理想を、あくまで現実世界で地道に実現化しようと努力する。
それが城内実という政治家の在り方なのだと思います。
そもそも、ほぼすべての人は「右」の要素も「左」の要素も持っています。
「右100%」とか「左100%」という人は、ほとんどいないのではないでしょうか。
少なくとも私は会ったことがありません。
とはいえ「右」とか「左」とかにやたらに拘泥する人たちはいます。
それこそ「右」にも「左」にもいます。
私から見ると「彼ら」はとてもよく似ています。
それこそ「左・右」の壁を越えて似ています(笑)。
そういった方たちは、「右・左」に格別にこだわることによって、何かを隠蔽《いんぺい》しようとしているのではないだろうか?
こんなことも、疑ったほうがいいかもしれませんね。
世知辛い世の中ですから・・・。
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5 Responses, Comment or Ping
■ Comment
スバリスト
確かに右や左などという分類は、現代政治においては出来ないと思います。
ですが、私は「よりまし論」のような現実主義はよくないと思いますし、そういうのを打破していく必要性はあると感じています。
2008 / 09 / 19
喜八
スバリストさん、こんにちは。
何が正しくて、何が間違っているか?
この判断はものすごく難しいですね。
極論すれば「正義」はそれぞれ人の数だけあるとも言えます。
しかし、それでは現実を動かす力にはならない。
というわけで、ともかく、自分の信じるところをいくしかないわけですが・・・。
他者の「正義」を認めること(そのまま受け入れるという意味ではありません)。
ときには自分自身の正義を疑うことが重要だと思います。
城内実さんを私が支持するのも、城内さんがそういうことができる怜悧な方だから、という理由もあります。
2008 / 09 / 19
耕
まさにその通りだと思います。
「よりまし」論が民主党も自民党も多数派政党となっている原因でもあります。
本当に支持できる場所がない、というむなしさみたいなのは徐々に世の中にあふれてくることでしょう。
世の中はただ本物とにせものがあるだけで、右とか左とか真ん中なんてものはありません。ただ本物が正しくにせものが間違っているのです。
2008 / 09 / 19
スバリスト
もちろん、折り合いはつけなきゃいけないと思います。
折り合いというか、自らを過信してはいけないということは分かります。
自分の正義を疑うことが重要だというのは大変共感出来ます。
ちょっと言いたいことが伝わりませんでした。
なんか気持ちを文字になかなか出来ないのに、コメントしちゃってすいません。
2008 / 09 / 19
喜八
> スバリストさん、耕さん
私(喜八)はお2人のご両親とおなじくらいの年齢だと思いますが・・・。
やはり、人間、トシとともに「丸く」なる傾向はありますね。
私がスバリストさん、耕さんのような年齢のころはもっとトンガッテいたかもしれません(ノンポリでしたが)。
若い頃は、年長の人が「丸い」意見を述べていると、「だからオトナはダメなんだ!」なんて無性に腹がたちましたが・・・。
いまでは私がお2人に常識的な「丸い」意見を述べています(笑)。
たぶん、スバリストさんと耕さんも、今後加齢とともに意見も変わっていくでしょう。
そういうことが見える(予想できる)ようになるのも、大人になることの醍醐味のひとつかもしれません・・・。
2008 / 09 / 20
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