KY(空気読まない)
Post by 喜八
作家の雨宮処凛さんが最新刊『全身当事者主義』春秋社(2008)で次のように仰っています。
空気を読まないことって素晴らしいと思うんですよ。私は常に空気を読まないように心がけています。だいたい今、労働運動なんてやってること自体が全然空気を読んでないからできるんです。今の日本で空気を読んだ生き方をすると、「自己責任」と自分にもまわりにも言って、弱肉強食の世の中に自分を合わせていくことになります。金持ちや権力者の価値観に寄り添っていくことにしかならない。だから絶対空気を読まないぞって思う。読めなくて行動しちゃうことの方が大事です。
堂々たる「KY=空気読まない」という主張です。
さて、我らが城内実さんは「人生の失敗」というインタビュー記事の中で次のような発言をされています。
「おまえは空気の読めないやつだ」と言われました。しかし、空気を読んで、泳ぎ渡ればいいのかというと、そうじゃないと思う。空気が読めない間抜けなやつだみたいな誹謗中傷はありました。私は、そういう人とはちょっと違う価値観、国家観を持っている人間だから、空気を読んで、あっちへついたり、勝ち馬についたりはできない。
(※「人生の失敗」の全文をダウンロード 7514kB)
城内実さんは他の場所でもたびたび「自分はKY(空気読めない)である」という意味の発言をされています。おそらくこれは正確には「空気読まない」という主張なのでしょう。城内さんにしても雨宮処凛にしても「人の痛みが分かる人」ですから、実際には人一倍「空気が読める」はずです。
しかし、お2人とも「悪い空気」は断固として読まないのですね。これは素晴らしいことだと思います。極端な話を言えば「買弁(※)」「売国」「亡国」の空気などは読まないほうがいいに決まっています。
(※買弁=自国の利益を顧みず、外国資本に奉仕して私利をはかること)
新人議員ながら「人権擁護法案」「郵政民営化法案」に立て続けに反対した城内実さん。その間、「空気が読める」議員たちは次々に転向していきました。もちろん、それぞれに事情はあったのでしょう。しかし、彼ら彼女らが立派な国会議員かといえば「それは違う」と言うしかないです。
人として大切なのは「空気を読む」ことではないのでしょう。他の人の痛みを知ること。つまり「思いやりの心」を持つこと。そして国会議員であれば国民の生命・権利・財産を守るために現実的な試みをなすことこそが最優先されるべき。そう私は思います。
城内実さんは「人権擁護法案」「郵政民営化法案」が、けっして国民のためにならないと判断した。だから断固反対した。そのために「女刺客(空気読む人)」を送られ(当時の)自民党幹部からは「城内実には多々問題があった」「二重人格」などと誹謗中傷され、約700票の僅差で敗れた・・・。
城内実さんが「国民の生命・権利・財産を守るために現実的な試みをなす」政治家であることは「戦闘証明(Battle proof)」済みなのです。口達者な「権力マンセー者」たちがたとえ千万言を費やしても、城内さんの「戦闘証明」を否定することなどできない。そして城内さんがそのような政治家だからこそ、我々サポーターは「万民幸福」の旗印の下、城内実さんを応援しているのです。
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新三
読まないのと読めないのでは大違いですね。
読まない方は、読むことは出来るがあえて読んでいないという
強い意志が感じられます。
2008 / 03 / 23
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